放射線量
長期間計測でわかること     

 事故時の記録でも述べたとおり、事故直後、放射性物質が飛来したため2011年3月15日に異常値を観測し、その後21日にも大きな変化が観測されました。そのうち後者は、地表に放射性物質が沈着し長期間その場にとどまったため、影響力は継続することとなりました。放射性物質はその物質できまる半減期に従って放射線量を減少していきます。ここでは、時間軸を長く取って、3月21日以降の長期間計測データにより、残留放射線量を求めてみます。(2012年12月20日掲載 2015年1月3日修正)

 論文にまとめ発表しました(2014年3月31日)。こちら

(1) 2011年3月22日以降

 下図には3月22日以降の約1年分の観測データを示す。これは前記、Aの3月22日0時を基点とした変化です。横軸は経過日数で、グレーは計測値、えんじ色は10分間の移動平均値です。ガイガーカウンタの数値はポアソン分布に従いますので、観測値はおおきくばらつき、10分間の平均値では全体として減少傾向であることは分かるが、その間の詳細な変化を読み取ることは困難です。


(2) フーリエフィルタによりノイズ除去
 このためにデジタル信号処理によりノイズを除去し、変化だけを抽出することとします。具体的には、計測時系列生データをフーリエ変換し、周波数軸上のスペクトラムに変換します。そして周期の短い、高い周波数の変動をノイズとみなし削除する。ここでは360分(6時間)以下の変化を削除しています。そしてそれをフーリエ逆変換し、ふたたび時間変化をグラフ表示します。
 その結果を下図の黒線で示します。Aのように地面に付着した放射性物質のうち、半減期の短い放射性ヨウ素からの空間線量が低下していくのが分かります。また単調減少だけではなく、いくつかの異常値がみえます。たとえば、90日目ごろ(2011年6月下)になると現地では循環型の汚染水処理システムが稼働していますが、まだ処理システムは不安定で何回か汚染水漏れが発生したとのことでした。図 のBあるいはCはそれと関係があるのではないかと疑われます。また、Dの183日目(2011年9月21日)のピーク状の変化時には最大級の台風15号が関東地方を通過しています。その後、何度か関東地方に台風が上陸していますがそのたびに放射線量の変化を観測しています。事故前には暴風雨に際しこのような放射線量の変化はなかったので、事故によるものと考えられます。さらにEの、307日目の変化は2012年1月23日の東京に降った大雪による影響です。一般に降雨時には放射線は増加するすることが知られていますが、降雪時の変化はそれよりも大きいようで、大気中の放射性物質の吸着の量が雨の場合より大きいからと考えられるます。
 240kmも離れていますが、長期間計測しデジタル信号処理によりノイズを除去すると、微妙な変化を捉えることができることがわかります。


(3) 核種ごとの放射線量
 事故に伴いさまざまな種類(核種)の放射性物質が飛散しました。ガイガーカウンタは、核種を特定することはできませんが、長期間の計測値を用い、含まれる核種ごとの放射線量をある程度推定できることを以下に示します。
 放出された放射性物質は、ヨウ素131、セシウム134、セシウム137が大部分であるので、観測される放射線量はそれらの合計値であると仮定すします。それぞれの半減期は8日、2年、30年であるから合計の放射線量は、時間(経過日数)の関数として次の式のように記述できます。ここで、0.117は被災前の当地のバックグランド放射線量で、また、セシウム134とセシウム137の放出量は同一と仮定しています。




 つぎにフーリエフィルタの出力360日分をこの式に当てはめ、非線形最小自乗法により、αとβを求めます。その結果
    α= 0.07864 , β= 0.00288
を得ます。すなわち、飛来した放射性物質ごとの空間線量は、2011年3月22日0時の時点で
  ヨウ素131 = 0.07864 μS/h
  セシウム134 = 0.00288 μS/h
  セシウム137 = 0.00288 μS/h
と分析できます。その比はヨウ素131:セシウム134:セシウム137=25:1:1と推定されます。
 本来、核種ごとの放射線量はゲルマニウム検出器により計測し、放射線のエネルギースペクトル分析が用いられます。たとえば、産業技術総合研究所つくばセンターの精密計測によれば、その比は21:1:1.25と報告されており、おおむね良い一致を見ています。

(4) 放射性セシウムは今も残
 下図には求められた式も重ねてグラフにしています(青線)。右端の1年を経過しても、バックグランド(赤線)にくらべるとまだ上にあり、これは放射性セシウムの影響が残っているためです。
 さらに、たとえば2014年2月末で、1100日経過するので、上の式に代入すると放射性物質ごとの残留放射線量が計算でき、
  ヨウ素131 = 0.00000 μS/h
  セシウム134 = 0.00101 μS/h
  セシウム137 = 0.00268 μS/h
と求められます。半減期の短いヨウ素131は影響が無くなっているが、セシウム134は半減以下、セシウム137の放射線量は事故後ほとんど変化していません。
 以上の解析手法は、あらかじめ放射性物質の種類がわかっており、初期状態から放射性物質の追加が無視できる場合に適用することができます。


 いままで一般住民に対して、今回の事故で放射線の健康影響はほとんど無いと説明されてきましたが、ヨウ素131はチェルノブイリ事故後に急増した子どもの甲状腺ガンとの因果関係が立証されています。ヨウ素131の正確な被ばく調査が重要ですが、半減期8日と短時間で消滅するため、いかにしてその量を推計するかが課題であるといいます。ここで用いたデジタル信号処理は、通信分野では雑音の中から信号を取り出す技術としてよく用いられる方法ですが、ガイガーカウンタによる放射線量のようなノイズの大きい計測値を処理する場合にも有効と考えます。非線形最小自乗法により核種を分析する方法は、制約は多いが課題解決の手法となりうるとして提案しています。


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